コラム
【尾崎将司極限分析:第4部】ギアと技術の開拓者 — ブリヂストン「MTNIII」から「J's」に宿る革新
【尾崎将司極限分析:第4部】伝説のマッスルバック「MTNIII」から、空前の大ヒット作「J'sキャビティ」「チタンマッスル」の開発秘話。さらにメタルドライバーやソリッドボールへの早期転換など、日本ゴルフ界のギア進化を牽引した技術開拓者としてのジャンボに迫る。


【編集部だより(第4部)】
本稿は、「おきなわGOLFなび」の専属調査員ゴル五郎(現場・ギア調査)が発掘したブリヂストン開発陣との秘話資料と、専属調査員ルリ(文献調査)による歴代使用クラブスペックのデータを基に、専属ライターの小林が「ギア開発者としての尾崎将司」の功績を解き明かした特別コラムです。
世界のゴルフ界において、これほどクラブやボールの開発に深く関与し、自らのアイディアで市場のトレンドを180度塗り替えたプレーヤーは存在しない。
尾崎将司は、卓越したプレーヤーであると同時に、希代の「ギア・プロデューサー」でもあった。
彼が使用するクラブ、彼が開発に携わったギアは、日本中に空前のヒットをもたらし、日本のゴルフクラブ製造技術を世界水準、いや世界をリードするレベルへと押し上げた。
■ 伝説のマッスルバック「MTNIII」の衝撃
1980年代前半、尾崎がブリヂストンスポーツと共同で生み出したのが、伝説のアイアン「MTNIII(エムティーエヌ・スリー)」である。
この名前は、尾崎将司(M)、健夫(T)、直道(N)の3兄弟(3)の頭文字から取られている。当時のアイアンは、フラットなバックフェースが主流であったが、尾崎は「インパクトでの重厚な打感と、スピンコントロール性能」を極限まで求めた。
その結果生まれた「MTNIII」は、ヒール側からトウ側にかけて絶妙な肉厚の変化を持たせた独自の「マッスルバック」形状をしていた。このアイアンで尾崎が見せる、強烈なバックスピンでピンそばにピタッと止めるショットは、すべてのゴルファーの憧れとなり、ツアープロの多くがこぞってこのモデルをバッグに入れたのである。
■ 「J's」ブランドの創設とキャビティバック革命
1990年代に入ると、尾崎は自らのイニシャルを冠したソロブランド「J's(ジェイズ)」をブリヂストン内で立ち上げる。ここで生まれたギアは、ゴルフ界の歴史を塗り替えることになった。
特に有名なのが「J's クラシカルキャビティ」と、その後の「J's チタンマッスル」である。
当時、難しいとされていたキャビティバック(ヘッドの後ろが凹んだ形状)アイアンに対し、尾崎は「プロでもやさしく打てる、しかし球筋をコントロールできるプロモデル」という難題を突きつけた。
ブリヂストンは、当時最新の素材であった「チタン」をアイアンのヘッド背面にインサートするハイブリッド構造(チタンマッスル)を開発。これにより、マッスルバックの打感の良さと、キャビティの寛容性を両立させることに成功した。このアイアンは、プロだけでなく一般ゴルファーの間でも爆発的なベストセラーとなり、日本のゴルフショップから一時姿を消すほどの大ブームを巻き起こした。
■ メタル・チタンドライバーと「ソリッドボール」への先進的な眼識
尾崎の先進性はアイアンにとどまらない。パーシモン(柿の木)ウッドが絶対主流だった時代、尾崎はいち早くメタル(金属)ヘッドのドライバーを導入し、周囲を驚かせた。さらにチタンヘッドの大型化の潮流も、彼は誰よりも早く見抜き、その圧倒的な飛距離で証明した。
ボールに関しても同様である。当時主流だった糸巻きボールに対し、ブリヂストンが開発中だった「ソリッドボール(多層構造のソリッドコアを持つボール)」のポテンシャルをいち早く見抜いた。
「風に強く、スピンもかかる。これからの時代は絶対にこれだ」
尾崎がソリッドボールにいち早く切り替えてツアーで圧倒的な勝利を重ねたことで、糸巻きボールの時代は終わりを告げ、世界のボール市場は現在のソリッドボール主流へと完全に移行することになった(のちにタイガー・ウッズが2000年頃に起こしたソリッドボール革命に、尾崎は10年近く先んじていたのである)。
「道具は自分の腕の延長だ。妥協した道具で勝っても面白くない」
スイングの進化に合わせ、道具をも進化させ続けた尾崎将司。彼がブリヂストンのエンジニアたちと交わした妥協なきディスカッションと挑戦の日々こそが、現代の日本のゴルフギアが世界で高く評価される基礎を築いたのである。





